東京地方裁判所 昭和46年(ワ)2041号 判決 1972年10月31日
原告 大和信用組合
被告 石坂育造
主文
一 被告が訴外斉藤鉄兵に対する東京地方裁判所昭和四五年(ワ)第一〇七三四号建物収去土地明渡請求事件判決の執行力ある正本並びに同裁判所昭和四六年(モ)第一一四七号建物収去命令正本に基づき別紙物件目録(一)、(二)記載の不動産についてなした強制執行はこれを許さない。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 本件につき東京地方裁判所が昭和四六年三月一五日にした強制執行停止決定はこれを認可する。
四 前項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文第一、二項と同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 本案前の答弁
本件訴を却下する。
2 本案の答弁
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、訴外斉藤鉄兵(以下斉藤という)に対する東京地方裁判所昭和四五年(ワ)第一〇七三四号建物収去土地明渡請求事件判決の執行力ある正本並びに同裁判所昭和四六年(モ)第一一四七号建物収去命令正本に基づき、昭和四六年三月九日、東京地方裁判所執行官松本弘をして、別紙物件目録(一)、(二)記載の不動産に対する建物収去土地明渡の強制執行をなさしめた。
2(一) 被告は斉藤に対し、昭和四〇年一一月一日、被告所有の別紙物件目録(一)記載の土地(以下本件土地という)を建物所有の目的で賃貸し、斉藤は本件土地上に同目録(二)記載の建物(以下本件建物という)を所有している。
(二) 原告は訴外株式会社斉藤工務店(代表者斉藤、以下訴外会社という)との間の手形貸付契約に基づき、本件建物に対して次のとおり根抵当権を設定し、その登記を経由した。
(1) 第一回 昭和四〇年八月二六日設定 元本極度額 五〇〇万円
(2) 第二回 昭和四二年一一月六日設定 元本極度額一〇〇〇万円
(3) 第三回 昭和四三年七月二日設定 元本極度額 五〇〇万円
(三) 被告は斉藤に対し、昭和四二年一一月三日、次のことを承諾した。
(1) 斉藤が本件建物を訴外会社の原告に対する債務の担保として原告に提供すること
(2) 被告は、将来代物弁済又は競売等の理由により、本件建物の所有権が他に変更した場合、本件土地賃借権の譲渡を認めること
3(一) 訴外会社は、昭和四五年三月末頃倒産し、その頃から斉藤は行方不明となつた。
(二) 原告は、同年四月二一日東京地方裁判所に訴外会社に対する原告の手形貸付未払金二九七九万三五四一円を請求債権として本件建物について前記抵当権実行の申立をなし、同月二五日不動産競売手続開始決定がなされ、同月二八日任意競売申立登記が経由された。
(三) 原告は右抵当権実行手続に先立ち、同年四月初め、被告に対し、近々本件建物の抵当権を実行する予定であるのでその際は本件土地賃借権の譲渡を認めて欲しい旨申し入れた。
4(一) 被告は昭和四五年五月二〇日到達の書面で斉藤に対し、同年三、四月分の本件土地賃料を書面到達の日より三日以内に持参支払うべき旨催告をした。
(二) 原告は右事実を知り、翌二一日被告に対し、前記の如く本件建物の抵当権実行手続中であることを告げた上、右賃料を現実に提供したが、被告はその受領を拒絶した。
(三) 原告は、同月二二日右賃料額を東京法務局に弁済供託した。
5(一) ところが被告は、斉藤が行方不明であることを奇貨とし、同人を相手方として建物収去土地明渡訴訟を追行すれば公示送達手続によつて被告側の一方的資料のみが採用されて容易に勝訴判決を得られると思い至り、既に原告が前記のとおり本件建物につき抵当権実行手続中であることを熟知していながら、自己の利益のためにはあえて原告の抵当権を消滅せしめんと企図し、
(二) 被告は斉藤に対し右賃料不払と賃借人の行方不明とが賃貸人に対する不信行為であることを理由に本件土地賃貸借契約解除の意思表示を公示送達手続によつてなし、右は昭和四五年一〇月一二日送達の効力が生じ、
(三) 被告は、東京地方裁判所に対し、昭和四五年一〇月三〇日、斉藤に対する建物収去土地明渡請求訴訟を提起し、公示送達手続により訴訟を進行させ、同年一二月二四日被告勝訴の判決の言渡を受け、次いで翌四六年一月一九日執行文の付与を受け、さらに同年二月二三日右に基づく建物収去命令を得て1記載の強制執行に及んだ。
よつて、本件建物収去土地明渡の強制執行は、原告の本件建物に対する抵当権を違法に侵害するものであるから、その排除を求めるため本訴に及んだ。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、(一)は認め、(二)は不知、(三)は否認する。
3 同3の事実のうち、(一)は認め、(二)は不知、(三)は否認する。
4 同4の(二)の事実のうち、原告主張の本件建物抵当権実行手続中と告げられたことは否認するが、その余は認める。(一)、(三)は認める。
5 同5の事実のうち、(一)は否認し、(二)、(三)は認める。
たとえ、原告が本件土地賃料を有効に弁済供託していても、賃借人たる斉藤が行方不明である事実は、賃貸借契約が当事者相互の信頼関係を基礎とするものである以上、本件土地賃貸借契約を解除せしめるに足りる事由となるものであり、また、斉藤が行方不明である以上、公示送達手続によらざるを得ないから、本件債務名義の取得およびこれに基づく強制執行は正当であつて何ら原告の抵当権を違法に侵害するものではない。
三 抗弁
1 本案前の抗弁
原告は、本件建物について抵当権を有するにすぎない者であり、本件第三者異議訴訟における原告適格を有しない。
2 本案の抗弁(請求原因4の(二)、(三)に対し)
本件の場合の如く土地賃借人斉藤が行方不明であるという特殊事情下にあつては、賃貸借が当事者間の人的信頼関係を基礎とする契約である以上、本件土地賃料債務は、債務の性質上第三者の弁済を許さないものというべきである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1のうち、原告が本件建物の抵当権者にすぎないことは認めるが、その余は争う。
2 同2のうち、斉藤が当時行方不明であつたことは認めるが、その余は争う。
第三証拠<省略>
理由
一 被告所有の本件土地上に斉藤所有の本件建物が存在し、昭和四〇年一一月被告、斉藤間に本件土地賃貸借契約が締結されたこと、並びに昭和四六年三月九日被告から斉藤に対し本件土地、建物について建物収去土地明渡の強制執行がなされるに至つたことは、当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第二号証によれば、原告は本件建物について請求原因2の(二)のとおりの抵当権を有し、その旨の登記を経ていることを認めることができる。
二 ところで一般的には、抵当権は目的物を換価してその代金から優先弁済を受ける権利であつて、その物を占有すべき権能を伴うものではないから、民事訴訟法五四九条一項の「目的物の譲渡又は引渡を妨げる権利」に該当せず、抵当権者は同条に基づく第三者異議の訴を提起するについて原告適格を有しない。
しかし、本件のように第三者の抵当権が設定されている建物について建物収去土地明渡の強制執行がなされた場合においては、その執行により抵当権の目的物たる建物が滅失し抵当権が消滅するに至るべきことは明らかであるから、抵当権が占有権能を伴うものでないとの理由だけで抵当権に基づく第三者異議の訴を認めないことは不当であつて、その建物収去土地明渡の強制執行が建物についての第三者の抵当権を違法に侵害すると認められるときは、当該第三者(抵当権者)は第三者異議の訴を提起してその執行を阻止することができると解するのが相当である。
三 そこで本件において、被告の斉藤に対する本件建物収去土地明渡の強制執行が、原告の本件建物についての抵当権を違法に侵害するものといえるかどうかについて判断する。
右にいう被告の強制執行による原告の抵当権の違法な侵害とは、結局のところ、両者の相関関係上原告に右強制執行を受忍すべき理由がないため、原告との関係において、本件建物が執行債権の実現資料に供し得ないことをいうと解されるので、以下本件建物についての抵当権者である原告が、被告の本件建物収去土地明渡の強制執行に対して右趣旨の主張をなし得るものであるか否かについて本件の事実経過に従つて検討を進める。
1 本件抵当権に対する被告の承諾の存在とその効果
乙第二、第四号証上の被告名義の各署名が同人の自署によるものであることは、被告本人尋問の結果により明らかであり、これらの被告の署名と被告自身の自署および印影であること訴訟上明らかな被告の宣誓書上の署名、印影と甲第一三号証の被告名義の署名、印影とを対照すると、その筆跡および印影はそれぞれ同一であることが肯認でき、右事実に証人斉藤鉄兵の証言を総合すると甲第一三号証は全部真正に成立したものと認められる。そして右甲第一三号証と斉藤証言によれば、斉藤は昭和四二年一一月三日被告宅を訪問し、同人に対し、自己の経営する訴外会社が原告から融資を受けるため、本件建物を右債務の担保として原告に提供するについて、原告から、地主である被告の承諾を求められていることを告げ、持参した承諾書用紙に署名押印することを依頼したこと、右承諾書(甲第一三号証)には、被告は本件土地所有者として斉藤が本件建物を訴外会社のため原告に対して担保として提供することを承諾するとともに、後日代物弁済又は競売等の理由により、本件土地上の本件建物所有権が他に変更したときは名義書換を認める旨の記載があること、被告はその場で斉藤の求めに応じ、右承諾書に署名押印したこと、右承諾書は間もなく斉藤から原告に差し入れられたことを認めることができる。被告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に照らすと信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
以上認定の事実からすれば、右承諾書の差し入れにより、将来原告の本件建物についての抵当権が実行された場合に、被告は斉藤の有する本件土地賃借権の譲渡を承諾したものとして、その競落人に対し同人との間の本件土地賃貸借契約不存在を理由に本件建物収去土地明渡を求めることはできなくなつたものというべきである。
2 本件抵当権実行の経緯等
訴外会社が昭和四五年三月末頃倒産し、その頃から斉藤が行方不明となつたことは当事者間に争いがなく、また、成立に争いのない甲第一号証および前掲甲第二号証によれば、原告は同年四月二一日東京地方裁判所に訴外会社に対する原告の手形貸付債権二九七九万三五四一円を請求債権として、本件建物について抵当権実行の申立をなし、同月二五日競売開始決定を得て、同月二八日任意競売申立登記を経たことを認めることができる。そして証人山本耕成および被告本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く)によれば、右抵当権の実行申立に先立つ同年四月初頃、原告の常務理事山本耕成は区会議員大矢正信と同行して被告宅に赴き、同人に対し、近々本件建物の抵当権を実行する予定であることを告げ、原告が競落した暁には本件土地賃借人の名義書換をして欲しい旨依頼したところ被告から地価の一〇パーセントないし一五パーセントの名義書換料の支払を受ければこれに応ずる旨の返答を得たことを認めることができ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
3 原告による本件土地賃料の弁済とその効力、斉藤の賃借権の態様および同人と被告との関係等、
被告は昭和四五年五月二〇日到達の書面で斉藤に対し、同年三、四月分の本件土地滞納賃料を書面到達の日より三日以内に支払うべき旨催告し、これを知つた原告は、同月二一日被告に対し右滞納賃料を現実に提供したけれども、被告にこの受領を拒絶されたのでやむなく同月二二日同額金員を東京法務局に弁済供託した事実は当事者間に争いがない。
被告は、右原告による賃料弁済の時点では賃借人斉藤が行方不明の状態にあるから右賃料はその債務の性質上第三者の弁済を許さないものとなつたと抗弁するが、この時点では斉藤の行方不明は僅か二ケ月足らずであり、いかに賃貸借契約が人的信頼関係を基礎とするとはいえわずか二ケ月足らず賃借人が行方不明になつたからといつて金銭債務にすぎない賃料債務が第三者の弁済を許さないものになつたとは到底解することはできないから右滞納賃料債務は原告による前記供託により消滅に帰したというべきである。その上前掲山本証言によれば、原告は右弁済提供にあたつて被告より本件賃借権の処理について一切を委任されていた弁護士吉田勇之助(本訴の被告代理人でもある)に対し、本件抵当権の実行手続中であること告げ、かつその際にも同人から原告が自ら競落人となつた場合本件賃貸借を承継するについて協力する趣旨の応答を得たことを認めることができ、また、斉藤と被告間の本件土地賃貸借は、昭和二一年以来二〇数年にも及ぶ長期のもので、その間今回を除いて賃料の延滞は全くなく、昭和四〇年の更新に際しては、被告は六〇万円の更新料を収受し、なお本件土地上に建てられた本件建物は、訴外会社の事務所・作業所兼斉藤自身の居宅として使用されて来た建坪二三七・一七平方米にも達するもので、斉藤は町会長、民生委員などを勤め同じく民生委員を勤める被告とは長年にわたつて交誼を重ねて来たこと、および斉藤は訴外会社の倒産直前である昭和四五年三月二八日頃から融資先を求めて、新潟市内の生家や半田市の友人を尋ね、さらに静岡県内、山梨県内の温泉場で療養生活を送つた末、同年九月再び新潟市内の生家に立戻つたが、その間家族も他所に分散し、本件建物は無人のままになつたとはいえ、近所に住む訴外会社の常務取締役堀田勝栄が常時その管理に当つていた事実は、証人斉藤鉄兵の証言および被告本人尋問の結果によつて明らかである。
以上の説示に徴すれば、前記のとおり本件抵当権の設定に際し、競落人に対する本件土地賃借権譲渡の承諾をし、さらに右抵当権実行の前後に自ら又は代理人を通じて原告に対する名義書換を承諾する趣旨を約した被告としては、前記事態の推移および斉藤の賃借権の態様、同人との関係等に鑑みても信義則上性急に自己の権利の行使にはやることなく、原告の本件建物についての抵当権の担保価値を滅失させないよう配慮自制して、競落人との間に本件土地についての新賃貸借関係の締結確立を図る等、事態の好転を本件抵当権に基づく競売手続の結果に期すべきであつたとしても、強ち被告に酷にすぎるものとはいい得まい。
4 被告の本件強制執行開始の経緯等
しかるに被告は、斉藤に対し公示送達手続により、本件土地賃料不払と賃借人の行方不明とが賃貸人に対する不信行為であることを理由に本件土地賃貸借契約解除の意思表示を行ない、右解除を請求原因として斉藤を相手に訴訟を提起し、斉藤不出頭のまま公示送達手続によつて本件建物収去土地明渡の判決を得て、強制執行開始に至つたものであることは当事者間に争いがなく、これらの手続がすべて前記吉田弁護士を代理人として追行されたものであることはいずれも成立に争いがない甲第八、九号証、乙第一号証および官署作成部分の成立は当事者間に争いがなくその余の部分は被告本人尋問の結果によつて真正に成立したと認められる同第三号証に徴し明らかである。
被告は斉藤が行方不明の状態にある以上、右公示送達手続による権利の行使は正当であると主張するが、右3に認定の経緯からすれば、右諸手続の遂行は斉藤に対する関係においても当否甚だしく疑問といわざるを得ないが、その点は措くとしても、既にみたとおり、本件抵当権の実行にあたり、事前事後に被告およびその代理人に対し自己の権利の保全について折衝を重ね、両名より本件土地賃借権の承継を認める旨の言質を得、加えて斉藤に代つて延滞賃料の弁済提供、供託をなした原告に対する関係においては、同人の全く不知の間に、しかも知り得べからざる手続によつて取得された債務名義に基づく右強制執行は、被告において斉藤の行方不明に乗じて合法を糊塗し、一途に巨額の利益を収めるべく、本件建物の収去を得て本件土地を更地となすため、あえて原告の本件抵当権の消滅もやむなしとしてなされたものであつて、著しく信義に悖り権利行使の範囲を逸脱した不当な措置と断ぜざるを得ない。
四 結論
以上の説示からすれば、原告において、本件建物収去土地明渡の強制執行により自己の本件建物についての抵当権を侵害されることを受忍すべき理由はないというべきであるから、原告は本訴の当事者適格を有するとともに、原告との関係において、本件建物は本件強制執行の目的物とはなし得ないものと解するのが相当である。
よつて、被告のなした強制執行の排除を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、強制執行停止決定の認可およびその仮執行宣言につき同法五四九条四項、五四八条一項、二項を各々適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鈴木潔 荒川昂 佐藤武彦)
(別紙)物件目録<省略>